こんにちは。私は久保田有沙と言います。これから手放すということを練習しましょう。ここでは、悲しみや心の痛みにオープンに向き合い、自分の中にあるリソースを使い、自分や周りに対する優しさを見つけ、祝福します。快適で安定した姿勢を見つけます。プラクティスの間に姿勢を変えたくなったり、一休みしたくなったらいつでもそうしてください。言葉に耳を傾け、自分の内側に響くか、ゆっくり見てみましょう。役に立ちそうだと思ったらそれを取り入れて、あなたの経験に当てはめてみてください。位置付けとグラウンディング。視線を自由に泳がせてみて、今いるところに自分を位置付けます。目を閉じてもいいですし、焦点を柔らかく合わせてもいいでしょう。意識を呼吸に受けましょう。無理にしたり、調整したりせず、自然な呼吸に任せます。体のどこに一番呼吸を感じますか?
お腹ですか?
鼻ですか?
それとも胸でしょうか?
ここからできるだけゆっくりと、以前に経験した、または今現在経験している喪失感や悲しみ、さらに深い悲しみとつながりましょう。生活のパターン、人との関係性、健康、あるいは愛する人、いろいろな形の喪失を経験したかもしれません。これから深い悲しみに触れる言葉をいくつか紹介していきます。体にどんな感覚が起こってくるか、その言葉によって何が変化を起きるのか観察しながら、自分を解放して、自然と湧き出てくるものを感じましょう。こんな風に囁いてみましょう。深い悲しみにオープンでいれますように、浮かんでくるものを感じます。今起こっていることが不快に感じるかもしれません。失ったものに必死でしがみつきたいかもしれません。その代わりにオープンに気づき、感じることの可能性を試してみましょう。深い悲しみにオープンでいられますように、私は悲しみそのものではなく、私は悲しみのそばにいるのだと感じられますように、抵抗したりよしよしを判断することなく、浮かんでくるものを感じます。体は緊張していますか?
または解放感がありますか?
温かさや冷たさ、鼓動や脈拍を感じますか?
他には何を経験していますか?
私は悲しみそのものではなく、私は悲しみのそばにいるのだと感じられますように、そっと悲しみに触れ、そばにいるのに慣れてくるのはどんな気持ちでしょうか?
この分をどんなふうに感じますか?
私は悲しみのそばにいるときのリソースを、自分の中に見つけられますように、私は悲しみのそばにいるときのリソースを、自分の中に見つけられますように、自分の中にあるすべてのリソースや、強さを探してみましょう。観察し、気づき、スローダウンします。スローダウンしてみると死の起こしたと感じること、または違うやり方ができたと感じることがあるでしょうか?
後悔や無念がありますか?
それらの感情は体にどんなふうに現れますか?
こんなふうに言ってみましょう。私がしたこと、死の起こしたことについて、自分に優しくいられますように。自分と自分がしたことへの優しさを体の中に呼び込み、自分はベストを尽くしたのだと感じるのはどんな気持ちですか?
私がしたこと、死の起こしたことについて、自分に優しくいられますように。私は深い悲しみを経験しているとき、自分と周りの人にオープンでい続けられますように。私は深い悲しみを経験しているとき、自分と周りの人にオープンでい続けられますように。私は深い悲しみを経験しているとき、周りの優しさにつながることができますように。私は深い悲しみを経験しているとき、周りの優しさにつながることができますように。ゆっくりと終わりに近づいてきました。こんなふうに言ってみましょう。私たちみんながこの悲しみの経験を受け入れ、経験から学び、変容することができますように。深い悲しみを経験することは、共通の人間性を認識することでもあるのです。最後に、少し時間をかけてこの言葉を受け止めてみましょう。もし何か頭に浮かんでくるようなら、理解しようとせずに、ただ認めましょう。感じることを思うままに感じて、深い悲しみは人間らしさだということを知りましょう。それはあなたの中に深みも作り出す、人間らしい経験なのです。そろそろプラクティスもおしまいです。目を閉じていたら、何度か瞬きをしてから目を開き、自分のいる場所に戻ってきましょう。視線は自由に泳がせ、自分の呼吸をもう一度見つけましょう。したければ、体を好きなように動かしてみます。あなたが悲しみの中でゆっくりと動き出し、何か新しいことへの可能性が見つけられますように。手放すことの練習に参加していただき、ありがとうございました。